2012年08月15日

淡路島ドライブ観光

思い立って淡路島に観光しに行って来ました。


現在お盆の夏期一斉休業期間中。でも諸事情あり帰省はせず。

1日くらいどこかに行きたいなぁ〜と思い、淡路島まで一人ドライブに行って来た。

淡路島は、以前に国際学会に参加するため淡路島夢舞台には行ったことがある。また、その国際学会の会期中にエクスカーションとして数カ所観光はさせてもらったが、時間的な制約もあり、そこまであちこち行けたわけではなかった。

今年も8月末に同じく仕事で夢舞台に行くのだが、こちらもまた観光する時間は無さそう。

奈良からだと淡路島は決して遠くないし、鳴門の渦潮など観てみたいところは何箇所もあるし、行ってしまえ!とドライブして来た。


日帰りのつもりだったので、朝6時に家を出発。この時間なら高速道路も空いているだろうから、淡路島南端の鳴門海峡まで2時間少々で着けるはず。

・・・が、家を出てしばらくしたところで雨が降り始めた。元々関西一円雨の予報だったのだが、ずっと「小雨」の予報だったし、夕方頃には上がるようだったので、主に室内で楽しめる施設を回れば良いや、くらいに考えて、雨でも出かけるつもりでいた。しかし、雨の降り方が半端ではなかった。フロントガラスに叩きつける雨量がとんでもなく、視界真っ白。ワイパーを最高速で動かしてもあっという間にフロントガラスは滝状態。ハイビームでヘッドライトを点けても前車が見えづらく、前車もライトを点けているはずだが赤いテールライトもちらちらかろうじて見えるくらい。車線も良く分かりません。怖ぇ〜。

さすがにこのまま走り続けるのは事故の元だと思い、コンビニの駐車場に入って一休み。コーヒーとパンを買って、店内で店員さんらと「どエラい雨ですね〜」「こんな激しい雨は見たことがありませんよ〜」などと雑談。

実際、宇治では川が氾濫したことがニュースで報じられていたし、弟の住む門真市でも淀川が溢れて全域浸水とか。ひぇぇ。阪奈道路で生駒超えして、まさにその門真市付近を通過していたので、そりゃぁあれだけの豪雨になれば川も溢れるわなぁ。


ある程度雨が弱まったところで、改めて出発し、阪神高速から淡路島に向かった。

明石海峡大橋を渡った時には、その大きさに感動。幸いその時は雨も降っておらず、眼下に見下ろす瀬戸内海と目の前にそびえる巨大な橋脚とに、心震えた。一人だったし、その瞬間の写真を撮れなかったのが残念。

淡路島に入り、神戸淡路鳴門自動車道を走ったが、雨がピタリと止んだり、また目の前が真っ白になるくらいの雨になったり、不安定な中を気を付けながら走る。阪神高速より車が少なく、制限速度も速いので、雨の中ではあったが気持ち良く走れた。

大鳴門橋

淡路島南端に来たところで、高速を降りた。大鳴門橋は渡らず。その大鳴門橋の足元に「道の駅うずしお」がある。
展望台から見る大鳴門橋もなかなかの絶景。

道の駅うずしお

道の駅うずしおの店内には、その日の渦潮の見頃が表示されていた。
この日は、満潮が16時20分、干潮が9時40分。

本当は満潮時が最も激しい渦潮が見られるはずなのだが、この夕方の渦潮を待っていると帰るのがだいぶ遅くなりそう。
それで、この干潮時の9時40分に合わせてこの道の駅うずしおを目指して来たわけなのだが、本当はもっとずっと余裕を持って到着出来るはずが、大阪で豪雨に遭ってしばらくコンビニ待機していた影響で、道の駅に到着したのが9時35分。ギリギリ〜。

鳴門の渦潮

鳴門の渦潮



大鳴門橋のたもとにある展望台から、鳴門海峡を目の前に眺められる。
おぉ〜、なるほど、大渦は発生していないけど、はっきりと瀬戸内海側から太平洋側へと潮が流れて行く様子が見て取れる。これでも十分流れが速いなぁ〜。大渦が発生する時はどれほどの流れなんだか。

小さな漁船が何捜も少し離れたところに浮かんでいた。観光客を乗せた渦潮見物だろうか?漁をしているようには見えなかった。

うずの丘 大鳴門橋記念館 うずしお科学館

うずの丘 大鳴門橋記念館 うずしお科学館

道の駅うずしおから少し離れたところに、「うずの丘 大鳴門橋記念館 うずしお科学館」がある。

ここでは、渦潮の発生する原理を分かりやすく説明する展示や、大鳴門橋の橋脚先端に取り付けられたカメラを遠隔操作して渦潮のリアルタイム映像を見られる装置や、3Dで鳴門の渦潮を紹介するシアターなどがあった。

福良 南あわじ観光案内所 なないろ館

福良 南あわじ観光案内所 なないろ館

続いて福良港に隣接した「福良 南あわじ観光案内所 なないろ館」を訪れた。ここからはうずしおクルーズ観光船「咸臨丸」が出航している。ただ、この日は雨模様だし、午前中の渦潮ピークはすでに終わってしまっているし、夕方のピークまではまだまだ。観光船には今回は乗らず、停泊している船を眺めただけで終了。観光案内所で何か面白い情報が見えるかと期待したのだが、案内所自体はめっちゃ小さく、お土産屋ばかりだったので、ここはがっかり。

おのころ島神社

おのころ島神社 おのころ島神社

次に、内陸にある「おのころ島神社」へ。

この淡路島は、古事記に記された「国生み伝説」のある土地。神話では、伊邪那美命(イザナギノミコト)・伊邪那岐命(イザナミノミコト)の2柱の神が、天界である高天原から矛で大地をかき混ぜ、矛から滴り落ちた物が固まって最初の島である淤能碁呂島(おのごろじま)となったとされている。そして2柱はそのおのごろ島に降り立ち、そこから淡路島・四国・本州などなどの島を作り上げていったので、おのごろ島は日本発祥の地とも言える場所なのだ。

もちろんおのごろ島は神話上のお話であって実在する土地では無いと考えられているが、「こここそがおのごろ島!」という伝承を残した土地は日本各地にあるらしい。ここ「おのころ島神社」もその一つ。イザナギ・イザナミの2柱を祀っている。

正面には高さ21.7mの大鳥居があり、24.4mの平安神宮、16.8mの厳島神社とならんで、「日本三大鳥居」に挙げられる、とされていた。ただ、得てして「日本三大◯◯」は挙げる人や説によって異なることがあるように、この日本三大鳥居でも、おのころ島神社とは別の神社が挙げられている例もネット上で多く見かけた。

洲本城跡

洲本城跡 洲本城跡

次に、淡路島東岸にある洲本港と洲本城跡へ。

洲本城跡は高台にあり、上からは洲本の市街を一望できる。見事な眺望。洲本城自体は江戸時代に廃されて建物は残っておらず、今では強固な石垣が残っているのみ。天守閣のあった場所には展望台として鉄筋コンクリート製の模擬天守が建てられているが、正直ショボい作りで、しかも工事中?で中に入れなかった。なんか、石垣だけのほうがむしろ味があったなぁ。

伊弉諾神宮

伊弉諾神宮 伊弉諾神宮 伊弉諾神宮 伊弉諾神宮

ここから淡路島中北部にある伊弉諾(イザナギ)神宮へ。先のおのころ島神社でも記したように、淡路島は「国生み伝説」のある土地で、この伊弉諾神宮は日本書紀に伊邪那美命の「幽宮(かくりのみや)」として記された“日本最古の神社”なのだそうだ。これは伝承上日本最古なのか、実際の歴史上でも最古なのか、良く分からないが、歴史を持つ神社であることは間違いなく、「神宮」格の由緒ある神社なのである。

「日本発祥の地」であるだけに、イベント時には日本各地から右翼が結集し、物々しいことになるとか。行ったのは8月14日であったが、翌日が終戦記念日であり、「大東亜戦争戦没者追悼式」の立て看板があった。う〜む、翌日に訪れていたら凄いことになっていたのかもしれん。

ここは最初に書いた国際学会の時にも訪れているが、もう一度行ってみたくなって訪れてみた。そう言えばその時も、「尖閣諸島は日本固有の領土!」「竹島は日本の領土!竹島奪還!」などと幟をかかげたテントが出ており、国際学会だけに韓国や中国からも研究者が来ていて、ちょっと揉めていたのを思い出した。“神話”というだけであれば海外の人に紹介するのも良いが、そういう政治的なメッセージが出ていると難しい問題がありそうだ。中国人漢字読めるしね(^^;

イザナギ・イザナミの伝説があるため、「夫婦のふるさと」という幟も多数出ていた。なるほど、夫婦円満の神でもあるのか。

本当かどうか知らんが、この日本最古の神社・神宮である伊弉諾神宮は日本全国の神社の中心で、奈良の飛鳥藤原京や三重の伊勢神宮は伊弉諾神宮の真東に、島根の出雲大社や和歌山の熊野那智大社は伊弉諾神宮から見た冬至の日の出や夏至の日の入り方向に、長野の諏訪大社や宮崎の高千穂神社・天岩戸神社は冬至の日の入りや夏至の日の出方向の延長線上に、作られているという。要は、これら日本全国にある大きな神社・神宮の「中核」にこの伊弉諾神宮があり、「陽の道しるべ」により伊弉諾神宮と他の神社が繋がっているのだという。そういう風に場所を狙って建てられたのか、後からこじつけているのか、分からないが、一瞬なるほどと思わされた。

北淡震災記念公園 野島断層保存館

北淡震災記念公園 野島断層保存館 北淡震災記念公園 野島断層保存館 北淡震災記念公園 野島断層保存館 北淡震災記念公園 野島断層保存館 北淡震災記念公園 野島断層保存館 北淡震災記念公園 野島断層保存館

今度は西岸北部にある「北淡震災記念公園 野島断層保存館」へ。

淡路島北部は、阪神淡路大震災で大きな被害を受けた地域。特に、この北淡地区には地表面にはっきりと断層が現れ、しかもその断層が民家の敷地を横切るように出現した。その断層での地面のズレを見ると、地面がそれだけズレるほど動くという力の大きさを実感させられる。これだけ明確に長い距離に渡って断層が現れることは珍しく、この断層を「国定 天然記念物 野島断層」として丸ごと建物で覆って保存している。

断層の上にあった生垣がそのまま残されていて、「生垣のズレ」と展示されていたが、それを見ただけでは何がどうズレたのか分からなかった。が、手前にミニチュアで再現されていて、納得。なるほど、断層が現れても、どれくらいズレたのかはイメージしにくいが、こうやって本来繋がっていたはずの生垣がズレているのを見ると、その動きの大きさが実感させられる。

断層が敷地内を貫いた民家も「メモリアルハウス」として残されており、塀やレンガの列が大きく1m以上横にズレた様子がそのまま残されている。

この保存館が出来たのが東日本大震災以前だったため、阪神淡路大震災と他の世界の大震災の規模を比較するような展示に東日本大震災は含まれていなかった。阪神淡路大震災も東日本大震災も記録や記憶に残すため、是非展示も更新していって欲しいと思った。

絵島

絵島

さらに北上し、淡路島最北端の岩屋港近くにある絵島へ。

この絵島も先に書いた淤能碁呂島(おのごろじま)伝説の候補地の1つのようだ。また、平清盛が兵庫港を開いた時に人柱となった松王丸の供養碑があるらしい。

橋がかかっていて島に渡ることができ、不思議な縞模様の岩肌に驚かされた。

明石海峡大橋

明石海峡大橋

明石海峡大橋のたもとにある「道の駅あわじ」や「松帆の浦」からは、明石海峡大橋の見事な眺めが楽しめた。特に松帆の浦からは神戸市の遠景が望める。夜になったら夜景が綺麗だろうなぁ〜。

そんなに待っていると帰りが遅くなり大変だし、夜には奈良燈花会最終日を観に行きたかったため、ここで帰途に。

お盆終盤のため、夕方には高速道路上り線は渋滞するだろうと予測されていて、案の定バッチリ引っかかった。行きは奈良から淡路島南端まで2時間ちょっと(雨避け休憩除く)で着いたのに、帰りは淡路島北端から奈良まで3時間半ほどかかった。まぁ、これは仕方がないね。でも、予定通り燈花会にも間に合ったし、一日中淡路島をあちこち堪能出来たし、満足した1日だった。
posted by ∴∵ at 13:38| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。