2012年05月19日

富雄散策 神武天皇聖蹟鵄邑顕彰之地 & 金鵄発祥之處

通勤路の富雄川沿いにあるという、神武天皇所縁の地を二箇所訪ねて来ました。

富雄川は、普段の通勤やランニングでいつも通っている道路です。また、私の住まいの最寄り駅が近鉄奈良線の富雄駅です。

この「富雄」という地名、実は面白い由緒があって、この場所が日本神話に初代天皇として登場する伝説上の人物「神武天皇」に関わりのある場所なんだそうです。

神武天皇は、実在の人物なのかどうかも不明で、実在したとしても当時は地方の豪族程度だったと考えられていますが、古事記や日本書紀に記されたストーリーとしては、「神武の東征」が挙げられます。他の豪族たちとの戦いが描かれていますが、有名な物としては「金鵄(きんし)」と「八咫烏(やたがらす)」の逸話があります。

八咫烏は、最近では日本サッカー代表のシンボルマークにも使われているので有名ですが、3本の足を持つ烏で、神武東征の道案内をしたとされています。

金鵄は、神武天皇と長髄彦の戦いの際、金色の鵄(とび)が飛んで来て天皇の弓に止まり、その光で長髄彦軍の目がくらみ、天皇軍が勝利したとされています。

そのため、八咫烏も金鵄も神の使い、霊鳥として扱われています。

実は、その神武天皇と長髄彦の戦いの場が現在の奈良県生駒市〜奈良市の富雄川沿いであったとされており、神武天皇軍と長髄彦は富雄川を挟んで対峙していたとされています。そして、その際神武天皇軍が陣取ったのが現在の近鉄けいはんな線学研北生駒駅近くの小山の上で、そこがまさに金鵄が来訪した場所とされています。

鵄(とび)が舞い降りた村なので、この一帯を昔は鵄邑(とびむら)と呼んだそうです。それが次第に訛り、鵄邑から鳥見、登美、富雄などの地名が派生したようで、現在でも鳥見町とか登美ヶ丘、富雄などの地名が周囲に残っています。戦中は、「日本建国の地」の聖地として扱われ、富雄駅も一時「鵄邑(とびのむら)駅」と改称されたほどです。

現在では、その「聖地」を示す物は観光名所にはなっておらず、人目に付きにくいところに密かに残っている程度なのですが、せっかく富雄に住んでいるので、その跡地を訪ねて見たいと思いました。


まずは「神武天皇聖蹟鵄邑顕彰之地」です。

富雄駅から富雄川沿いに北へ走ること3kmほどにあるらしいのですが、いつも通っていても全く気が付きませんでした。



大きな地図で見る

地図で見るとこの辺り。奈良北高校のちょっと手前。


神武天皇聖蹟鵄邑顕彰之地

富雄川沿いの、交通量の多い道路です。富雄川を挟んで対向車線が分かれているので、車も平気で飛ばすのでちょっと怖いこともあります。


神武天皇聖蹟鵄邑顕彰之地

最寄りの富雄駅からも学研北生駒駅からも少々離れているので、自転車とか、私のようにランニングとか(^^;)、移動手段が無い場合は、奈良交通の「出垣内」バス停がすぐ近くです。バスの本数がかなり少ないのには注意ですが。


神武天皇聖蹟鵄邑顕彰之地

歩道の脇は高さ1mほどのコンクリートの壁がずっと続いていますが、一部だけ切り通しになっている部分がありました。
ん?まさかこれか?
何の案内板も無いので、知らないと絶対入らないところです。

神武天皇聖蹟鵄邑顕彰之地

その奥は、一応草は刈り込んでありますが、何やら秘密基地にでも向かいそうな雰囲気の森の中へ。
こんなところ入って良いのかな?と思いながら奥へ進んで行くと・・・

神武天皇聖蹟鵄邑顕彰之地

緑の木々に囲まれて、ひっそりとした中に、静かにたたずむ石碑を発見!


神武天皇聖蹟鵄邑顕彰之地

これが「神武天皇聖蹟鵄邑顕彰之地」碑です。まだわりと新しいのかな?結構綺麗です。周りも案外しっかり整備されていますね。

交通量の多い道路のすぐ近くという喧騒を忘れさせる、古い神話の世界へいざなってくれるような、静かな佇まいでした。



次に、そのまま富雄川沿いを北上し、学研北生駒駅の近くまで移動しました。


大きな地図で見る

金鵄発祥之處

目印は、富雄川沿いの高山郵便局。周囲は歩道がめっちゃ狭いので注意です。


金鵄発祥之處

高山郵便局の目の前には、まさに「鵄山」というバス停があります。地名として残っているんですね〜。


金鵄発祥之處

高山郵便局の裏にある道路の脇にも、ひっそりと「鵄山」の石碑が立っています。
実はこの辺りは何度もランニングで通っているのですが、この石碑に気が付いたのは今日が初めてでした(^^;。


金鵄発祥之處

郵便局の裏から続く、のどかな田園風景の名かを進みます。右手のこんもりした緑に覆われた辺りが「鵄山」です。


金鵄発祥之處

先の「神武天皇聖蹟鵄邑顕彰之地」でもそうですが、何の案内もありません。観光向けにはなっていないんですね。
ちょっと坂道を登ったところにある、この交差路を右に折れます。


金鵄発祥之處

急に道が細くなって来て、合っているのか若干不安がよぎりますが、信じて進みます。
正面に綺麗に整備された段々の崖が見えてきました。


金鵄発祥之處

その崖の脇に、右に折れる小道があります。
えっと、めっちゃ私有地っぽいんですけど・・・。良いのかな?
失礼して先へ進みました。


金鵄発祥之處

登った先はこんな感じ。
左側の方に先へ進めそうな道がありますが、こちらはハズレでした(^^;
正解は、このどなたかの家の庭のようなところを突っ切って右へ。


金鵄発祥之處

え?この道?
不安ですが、せっかくここまで来たので突き進みます。


金鵄発祥之處

お、おぉ!この木々に囲まれてひっそりと立つ石碑は!


金鵄発祥之處

文字はかすれていて読みにくいですが、これが「金鵄発祥之處」です。
小高い丘になっているので、この上に神武天皇軍が陣取り、眼下の富雄川を挟んで長髄彦軍と対峙していたのでしょうね。


いやいや、奈良の旧跡の中でもかなり秘境だと思いますが、歴史や神話に興味がある人は、是非探してみてくださいな。

posted by ∴∵ at 12:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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